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徐々に会社の古株に…。

デザイナーログ

未熟ながらも仕事の流れはわかってきたので、
営業さんからの受けもよく、
ポイントを話せばやってくれるし何よりさくい。

たぶんそんな理由でけっこう仕事をもらっていた気がします。
デザイナーって結構メンドクサイ人いるんです。
でも営業的には作ってもらいたいわけです。

上得意先の仕事なんかは、いつもの担当デザイナーのほうが
手間ヒマかからないのでお願いしたい。
でも担当デザイナーにクセがあると頼みづらい…。

そんな理由でいつの間にか多くの担当を抱えていたと
思います。私は仕事ができるのが嬉しいので
まー断らんし自分でやってましたね。
残業代もでたので、出来る限りやっていた気がします。

もちろんできない物は振ってましたが…。
後で聞いた話ですが、私が若い子に振ったりしたことで
営業さんが怒る…なんてこともけっこうあったようです。
ああ…ゴメンナサイ。

そう…すでに5年目で私も古株の仲間入り。
会社も辞める人もいて新たに若い子を採用していました。
後輩に教えながら気づくことも多くあり、
着々と成長していたようにも感じます。

しかも新聞社に新卒の子が入ったりしたのも
この頃だった気がします。新人の営業さんですね。
私が入社した頃、営業さんに教えていただいたように、
今度は私が教えることもあり、自社の後輩と新聞社の新米さんに
教えて、さらに冷静に仕事を見るようになったと思います。

自分でも仕事に安定感ができているように感じた頃、
社長からも期待されているような声をもらったこともありました。

このころ気をつけていたのは、
とにかく周りの関係者との信頼関係の構築でした。
仕事を円滑に進めることに必死でした。

ライターさん、カメラマンさん、営業さん
後輩、同僚…なるべく各スタッフの考えを尊重しながら
納期に間に合うように、調整しながら進行していました。

とても忙しかったですが、楽しくもありました。
だんだん自分の制作では間に合わなくなり、
積極的に周りに振るようになりました。

それでも営業さんの関係性もあり、
自分で抱えていた仕事が多かったようで、
一度、私の制作物の入稿が3つくらい重なってしまい
入稿が遅れる…ということがありました。

新聞社の集版センターにもう別の子に任せたほうが…と
言われてしまい、「これはいかん」と思い、
慌てて仕事を割り振ったのを覚えています。

そうやって仕事を割り振ったら、
今度は仕事をつくる、企画を考えないといけないと
思うようになり、制作の時間から考える時間を
増やすようになりました。

しかし考える時間を増やすと…
将来を見てしまいます。徐々に
これではいけない…。と感じるようにもなりました。

一番まずい…と感じたのは制作でイニシアチブをとれない。
価格についても圧力をいつもかけられていました。
質は落とすな価格は下げろでは続かないでしょう。

WEBに興味を持ち始めたのもこのころでした。
紙媒体専門でしたので、必要性を感じながらも
できないといった状態でしたね。

とにかく忙しいんです。新たに勉強。とまでは難しい。
そんな時、また仲間が辞めていくこととなりました。
そして、私が引き継ぐこととなりました。

会社の軸の仕事でしたので、
不安と緊張がありましたが、スキルアップのチャンスと見て
立ち向かおうと思いました。

その話はまた次回。
では今日はこのへんで…


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